油絵とニューヨークで磨かれた感性八重樫肇春監督の切り取る絵の力

2020/11/17

街で必死になって小銭を集める浮浪者を主人公とした『Prowler』と父と息子の2人きりの生活を描いた『Passing Moment』。
どちらも台詞がない短編映画になっています。
にもかかわらず、登場人物の言葉がしっかりと見ている私たちに伝わってくる作品です。
とくに『Prowler』はコメディにもなりかねない展開の中、主人公の小銭への執念に並々ならぬものが感じ取れ、最後の最後まで目が離せません。
今回は両作品を監督された八重樫肇春さんにお話をお伺いしました。

・表に出すことがまず大事

普段はカメラマンなので、カメラの前に行くことは滅多にないという八重樫監督。
収録の感想をお伺いすると、実はちょっと緊張したそうです。
確かに打ち合わせでとても楽しそうにスタッフとお話しされていた様子に比べると、収録では少々緊張されている様子が垣間見えていました。

「あしたのSHOW」については、以前、お知り合いの方が出演していたので番組のことは知っていたそうです。
しかしまさか自分が出るとは思ってはいなかったとのこと。
番組の感想をお伺いすると
「こういう世に出ていない映画を紹介する番組があるってすごいな。続けるのは体力がいるだろ 
 うし、こちら側としても表に出す機会が多いんで嬉しいなと思う。」
とおっしゃっていただけました。

「あしたのSHOW」をはじめとした映画作品の配信についてもお話をお伺いすると「映画は映画館でというのが本心。」とした上で

 「でも短編映画って流すところがない。表に出すことがまず大事だと思っているので、そうい  
  う機会がないかなと思ってた。映画祭に出して上映はされるが、そのあと、それで終わり。
  配信とかで、まだ見たい人に向けて、ここで紹介されたと言えるのはいいなと。」

監督のお話から、またしても短編映画が上映される場所や機会が少ないという問題点が浮上しました。
この問題に関しては、有名無名問わず多くのクリエイターが懸念し、解決に向けて動き出そうとしています。
が、まだまだ厳しいのが現状です。
短い時間にギュッと物語が詰まった短編映画。
長編映画に負けず劣らず、いえ、時にはそれ以上の感動を与えてくれる作品も少なくはありません。「あしたのSHOW」に限らず、面白い短編映画が上映される場が増えれば、日本の映画界が今以上に盛り上がるのではないでしょうか。

・鍛えられたニューヨークでの4年間

もともと子供の頃から油絵を描いていたこともあり、アートに関して興味があったという八重樫監督。
絵画以外にも10代の頃からバンドをやっていて、とにかく自分の好きになったことはやるというのが監督のスタイル。

映画自体も昔から大好きで、20代の頃には毎日だいたい4本、それこそ睡眠時間を削って映画を観るくらいハマっていったそうです。
まさに映画漬けの日々を送る中、だんだんと自分の好みの映画が分かってくるとそうでない作品に対して「文句をつけ出す」ように。
ならば、自分でやってみようかなと思い始め、今はなき映画映像学園に入学。
この学園の入学が八重樫監督のターニングポイントとなるのでした。

その後、映画映像学園で出会った友人の誘いで、ニューヨークにある映画学校に留学をされます。
当初の予定では半年で帰国するつもりが、監督のニューヨーク生活はなんと4年間にも及びました。

「ニューヨークで過ごした4年間は100年ぐらい過ごしたと思うぐらい色んなことを経験した。」とお話されるくらい濃い日々だったニューヨークでの4年間。
しかもニューヨークに来てすぐに、9.11のテロが発生。
なんとテロの前日が、短期コースの卒業制作撮影の最終日で、もし1日ずれていたら作品が出来上がっていなかった可能性もあったのだとか。
ニューヨーク生活の序盤から思わぬ出来事に境遇してしまった監督ですが、映画学校では作品が高く評価された上に、撮影の腕を買われて、常に引っ張りだこだったそうです。
ニューヨークで撮影の技術が高く評価された背景には「絵を描いていたんで、やっぱり絵のことが気になる」という監督のこだわりが大きく影響していたようでした。

「映画って決められた枠の中で、表現しないといけないんで、どういうことが一体、効果的なの
 かというのを考えるのがすごい楽しかったんで、あんまり撮影の人に知り合いがいなかったん 
 で、全部自分でやっていたら、その腕を買われてジャンジャン撮影が入ってきた。それで鍛えら
 れた。向こうは撮影の人が照明もやらなきゃいけないんで、照明によって雰囲気を作っていくと
 か、その時はフィルムカメラだったんで、どういう風に光を当てて、どういう風にカメラのセッ
 ティングして撮って、どういう風に現像するのかを散々こなしてフィルムの感じを覚えていっ
 た。」

とお話されるように、まさに撮影漬けのニューヨークの日々が、今の監督を作り上げたといっても過言ではないようです。

・瞬間の絵を切り取る楽しさとやりがい


「映画の絵を生み出すのにはカメラマンだけじゃダメ」
とおっしゃられた八重樫監督。
それはカメラの力だけでなく、メイク、衣装、美術、照明、役者と映画に関わる全ての人たちで生み出すもの。
どういう風にしたら、作品の中で一つ一つのカットが効果を生み出すのかを考えて、それを手探りで探すのが楽しいと本当に幸せそうに話される監督の様子から、スタジオでも話題になったエピソードが思い出されました。
それは『Prowler』の撮影中に街行く人が「あの人、すごい幸せそうな顔してる」と監督を見て話していたというもの。
監督自身も「すごいですよね、通りすがりの人が言うなんて。」と照れくさそうなご様子でした。
また撮影中はスタッフさんからの色んな質問に答えるのが楽しい作業だったとおっしゃられていたり、お伺いしたエピソードの数々から、監督が本当に映画の現場を愛されているんだということが伝わってきました。

「努力するの、頑張るのは当たり前。楽しいところまで持って行きたい。」とお話してくださった八重樫監督。
次回作は未定とのことですが、今後は人間が描かれていればジャンルは問わずにいろいろなものを撮りたいとのことです。

「撮影に行く時って戦争に近い気分。撮る時に、自分が良いと思う方向に撮れなかったら、もう
 ダメだという意識がある。その良い瞬間っていうのは二度と来なかったりするんで、そう
 いうのを切り取っていくのがやっぱり楽しいし、やりがいかなと思いますね。」

撮影に関して強い思い入れと愛がある八重樫監督が次回作では、どんな絵を切り取って作品にしていくのか今から楽しみです。